こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』を読んでひとしきり感動する。原爆症を題材とした漫画だが、題材はさておいてもまず漫画としてとても良くできていると思った。人間は言葉以外のもので心を通じ合わせる(いちおう言葉を使ったときでも)ことが多いけれども、そういう感じを自然に描写して、しかも、目が肥えているわけでもない自分のような受け手にもそれを確実に伝えるには、漫画はうってつけのものだと改めて思った。よく組み立てられて、よく描かれた漫画は。
で、原爆ものとしては、被爆者に、広い意味での戦争当事者としての視点を持たせているのが良いと思った。自分の印象だと、このジャンルのものは、被爆自体を何か自然災害に近いもののように描き、それをもたらした主体については、漠然とした人類悪のように描くことが多いと思う(究極的にはそういう把握でも正しいとは思う)。しかし原爆は、その地の人間の存在を否定するという具体的な意思をもって落とされているのだろうし、落とされて生き残った側も、そのことから何かしらの具体的な意識を持つものだと思う。そしてその意識というのは、自分が広い意味での(しかし一番広い意味でだけの)戦争当事者なのだという事実も相まって、自然災害や一方的な犯罪に遭った被害者の意識とはちがった(もちろん加害国民の受けた応報だとかの意識ともちがった)、相応に複雑なものになるのだと思う。この漫画はそういうものについて触れていたと思う。