http://www.asahi.com/national/update/1209/TKY200512090171.html。少なくとも自分としては不当だと思うのだけれども、成り行きとしては想定の範囲内だろう。一審は可罰的違法性の不存在を認めて無罪にしたわけだけれど、こういう非定型的判断は簡単にひっくり返る。ひっくり返したいという意思があれば。
今回有罪になった決め手は「入るなと何度も言ったのに、そういう掲示も出したのに、入った」というところにあるらしい。このことからして住居の平穏の侵害は見過ごせない程度に達していると。たとえば住人を立ち止まらせて時間をとらせたとか、騒音を立てて文字通り「住居の平穏」を害したというなら特にひっかかりも感じないが、今回の場合は要するに相手が嫌がっている以上はダメ、というか、賛成できない意見を目にしやすい状態におかれる“精神的苦痛”を法益侵害と認める、ということであるらしく、「自分と違う意見の存在を視界から追いやる権利(自由)」というものを認めたのに等しいような感じを受ける。まあ、権利とか自由とかいうものをこの社会のメンバーがどういうものと捉えるか次第で、今回の結論が世に受け入れられるかどうかもまた変わってくるってことなんだろう。そういう権利がある、と皆が言うのなら、ある、ということなのかもしれない。嫌がった者勝ちであると。