表現者のリスクだの、パレスチナ人への責任だのといったマジックワードをめぐる文学的な言いくるめ合いが今も続いている。両サイドの論者さんたちはいずれも、イスラエル人というものが存在すること自体は分かっているらしいのだが、これらのマジックワードを論じる際にはいずれも結局、イスラエル人を「壁」の部材としてしかみていないように思う。そんな感じでこれまでもイスラエル人は孤立感を深めていったのだと思うが、そんなイスラエル人に呼びかけることを選んで、この両サイドからの「リスク」を引き受けたんだとすれば、それは最初考えた以上に尊敬できることじゃないかと思った。村上春樹の話。