李登輝氏の訪日は、結局誰からも「一私人の訪日」としてはとらえてもらえなかったような気がする。だから、彼の思惑がどこにあるにせよ、それとは関係なく彼に同情したくなる。
この件、政治家か外交官にでもなった気分で、政治がすべてだと言わんばかりに語れば、いろいろ面白おかしい切り口が作れると思う。けれども個人の人権の問題としてみたとき、私人に対して政治活動を禁止する日本政府の態度は単純に言って理解し難いものだし、他国に対し、私人の政治活動を理由として、その私人の入国拒否を要求してしまう、しかも裏ルートならいざ知らず胸を張って堂々と要求してしまう中国政府の態度は、さらに輪を掛けて理解できない。例えばケベック独立派の有力者がどこかの国を訪問したとして、訪問先の国の政府やカナダ政府が同じことをしたら、どう見られるだろうか?
しかし中国政府に反感を持って彼を歓迎した人たちも、そのほとんどは単に党派的な立場から言っているだけなんだと思う。関係ないようだが、この立場の人たちのうち靖国神社への公式参拝に反対な人はどのくらいいるんだろうか。要は、ひとの心の自由を守るためにスジを通して考えているかということなんだけれども・・・「李登輝訪日賛成、靖国公式参拝反対」という組み合わせを自然に感じる人はどのくらいいるんだろうか。